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雪の華咲く酒蔵で。「新酒・中島屋純米しぼりたて」誕生の記録
中島屋酒造場で女将を務めております。
先日、仕事中に「寒いな」と外を見たら、雪がふわりと舞っていました。その白さは、まるで日本酒の滴りにも似ています。ひと粒の米から命が宿り、やがて「新酒」という一年でいちばん瑞々しい季節の贈りものとなっていく――この蔵に嫁いで10年、冬の訪れとともに感じる緊張感と期待は、今も変わりません。
今年も中島屋酒造場では新酒づくりが最盛期を迎えました。200年続く伝統の蔵で、今年の「純米しぼりたて」が生まれるまでの日々を、私の視点で綴らせていただきます。
冬とともに始まる「仕込み」の季節
日本酒造りにとって、冬は”はじまり”の季節です。冷たい空気が雑菌の繁殖を抑え、繊細な醸造を助けてくれます。早朝の蔵は凍えるほど寒く、蔵人たちの吐く息が白く染まります。その冷気の中で、甑(こしき)と呼ばれる大きな蒸し器で米を蒸し、蒸気が立ちのぼる米を麹室(こうじむろ)へと運びこむ作業から一日が始まります。
「純米しぼりたて」は、その年に収穫された新米を使用して仕込まれる特別な一本。中島屋では、麹米に山田錦、掛米に日本晴を用います。山田錦の豊かな旨味と、日本晴のやわらかい口当たりが調和し、新酒ならではの瑞々しさを引き立てています。今年は新しい試みとして、酵母を2種類使用しました。山口9H酵母と901号酵母です。山口9H酵母は、山口県が開発した吟醸酒向けのオリジナル清酒酵母で、リンゴや梨のような上品な香りと、キレのあるクリアな酒質を生み出すのが特徴。一方、901号酵母は協会9号酵母から選抜・改良された酵母で、青リンゴや洋ナシを思わせる華やかな香りと、すっきりとした軽快な飲み口が魅力です。この2つの酵母の組み合わせが、今年の「しぼりたて」にどんな個性を与えるのか。主人をはじめ、蔵人全員が期待と緊張感を持って見守っていました。
「一麹、二酛、三造り」を胸に

「一麹、二酛、三造り」――昔から酒造りの要とされる格言があります。
主人である十二代目・中村信博は、この言葉を胸に、細やかな観察と職人の勘で発酵の変化を見守ります。「人が造るというより、自然と微生物の力を人が支える。やりすぎず、手を抜かず。そこに蔵の味が宿るんです」この蔵に嫁いだ当初は、専門的な話に戸惑うこともありました。でも、麹室で麹の世話をする蔵人たちの姿を見て、酒母の温度管理の大切さを学び、醪の様子を毎日観察するうちに、少しずつこの言葉の意味が分かってきました。麹は米の表情を引き出すように時間をかけて育てられ、酒母は命を吹きこまれるように静かに息づいていく。その様子は、まるで冬の山に春の兆しが少しずつ満ちていくようです。
搾りの瞬間、蔵に満ちる香り
発酵を終えた醪を搾る瞬間――これが最も感動的な瞬間かもしれません。蔵全体に青リンゴのような爽やかな香りが広がります。搾り器の口から流れ出る新酒の輝き。初めて見たときの感動は今も忘れられません。蔵人たちも「何度経験しても胸が高鳴る」と言います。
今年の「純米しぼりたて」は、上槽後24時間以内に無調整で瓶詰めした無濾過生原酒です。新酒ならではのフレッシュで爽やかな香りと、発酵由来のガス感を楽しんでいただけます。例年よりアルコール度数をやや抑え、より飲みやすく仕上げました。若くはつらつとした風味をぎゅっと閉じ込め、口に含むと微かにガスを感じることもあります。そこに中島屋らしい米の旨味と、柔らかい余韻が重なり、今年の仕上がりを物語ります。数値以上にドライで、すっきりとした味わいが特徴です。開栓後の味わいの変化も、ぜひ楽しんでいただきたいと思っています。
細部にこだわる、蔵の想い
今季より、生酒(無濾過生原酒)のみ、四合瓶を王冠口仕様にしました。これは、しぼりたての若くはつらつとした風味をしっかり閉じ込めるため。小さな工夫かもしれませんが、お客様に最高の状態でお酒をお届けしたいという想いからです。
ラベルにも心を込めました。新酒のみずみずしさを表現した白地に緑のグラデーション。弊社のエンブレムのもととなった六角形の模様が浮かび上がり、「純米しぼりたて」の文字を青の箔押しで施しています。手に取っていただいたときに、冬の清々しさと新酒の瑞々しさを感じていただけたらと思います。
おすすめの楽しみ方
「その年の米と水、そして気候が違えば味も変わる。だからこそ”今年のしぼりたて”を楽しんでほしい」主人のこの言葉通り、毎年違う表情を見せる「しぼりたて」。今年は2種類の酵母による、華やかさとキレのバランスが見事に調和しています。
おすすめの食材は旬の魚介料理です。新鮮な刺身や焼き魚との相性が抜群。よく冷やして、シンプルなグラスでお楽しみいただくのがおすすめです。酒は語らずとも、造り手の心を伝えるもの。それは蔵で降る雪の静けさに似て、人の心にそっと沁みていきます。
地域とともに、未来へ
中島屋酒造場の酒造りは、地元・周南市の風土と人々との歩みの中で育まれてきました。地元の農家が丹精込めて育ててくださった酒米。蔵のそばを流れる富田川水系の清らかな水。この地の恵みが、うちの酒に独特の丸みと優しさを与えてくれています。「蔵は、人の声があって初めて生きる場所です」主人のこの言葉を、女将として日々実感しています。長年支えてくださっている飲食店や酒販店、地域の皆様の声を受け止めながら、時代にふさわしい新しい挑戦も続けていく。200年の伝統に新しい感性を吹きこみつつ、次の世代へ日本酒文化を紡いでいきたいと思っています。
2025年の冬、蔵に咲く一輪の華
蔵の庭に雪が舞い散る頃、「中島屋 純米しぼりたて」の瓶詰めが完了しました。まるで雪の結晶のように繊細で、一瞬のきらめきを閉じ込めた一本。主人が今年の出来ばえを確かめる笑顔を見て、また次の冬への約束が始まったのだと感じました。
中島屋の酒は、過去と未来をつなぐもの。そして、飲む人の心にゆっくりと雪のように降り積もるもの。新しい年のはじまりに、一杯の「しぼりたて」で冬の季節を感じていただけたら幸いです。
数量限定のため、お早めにお求めください。
◆発売日:2025年12月10日(数量限定)
中島屋酒造場 女将